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zoom RSS カンティフェアの歴史A

<<   作成日時 : 2009/10/09 10:38   >>

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草原に映える赤と白のテント、黄色と緑のジョンディアの大きなトラクター
干草のキューブと DO YOUR BESTのシンボールマーク

「ここはもう日本ではない、まるでアメリカのどこかの町のお祭りのようだ」

初めて会場を訪れた人は、こんな事を思うでしょう・・・。
別に気取ってる訳でもないし決して派手でもない、しかし、何処からか暖かさが伝わってくる。
またそれが、周囲にそびえ立つ日本の名山と相まって、自然と心も和む・・・。  

カンティフェアのこの形容しがたい魅力、それはいったいどうして?

調べていくと、どうやら答えはお祭りのスタイルそのものにあるようです。
カンティフェアの始まりについては以前のページで紹介しましたが、
『第一回八ヶ岳高冷地家畜共進会』として昭和29年にスタートし、
農村生活の象徴として全国に知れわたっていきました。
が、昭和48年高度経済成長期の様々な問題を受け、カンティフェアは
ついに中止へと追い込まれてしまうのです。

  〜以前のページへはこちらから〜

今回はそれから15年後の昭和63年、カンティフェアが劇的な復活を果たした、
その経緯を書きたいと思います。




博士のスピリッツを受け継いで


2009年、今年のカンティフェアは第22回、開催回数はこの復活の時からカウントされているようです。
また、この昭和63年はポールラッシュ博士 (説明するまでもないでしょう) が、この地に
清泉寮を創設し50年を迎える年でもありました。カンティフェア復活ののろしは
関係者から「これを記念するイベントをやろう」という提案があったのがきっかけだったのです。


バブル景気のこの時、清里には観光開発によって、日本中から観光客が押し寄せました。
急速な観光化の波の中では、あの「清里の開拓史」は無用のもの、
当然、ポール博士が生涯この地の発展の尽くした事など、知る由もありません。

それどころか、昭和54年に博士が清里の土となってから9年が経ち、
地域の若い人たちまでがこの偉業を忘れつつある、という懸念さえ出てきていたのです。


カンティフェアはこうしたポール博士の理想と実践を後世に伝えるべく、復活をしたのです。
しかしそれは、単に博士を称えるだけにあらず、博士が残した言葉

『DO YOUR BEST AND IT MUST BE FIRST CLASS』

を具現化し、清里だけでなく八ヶ岳山麓全域の振興も含め、
かつ全国の模範となるようなイベントを目指したのです。






広告代理店排除の手作りイベント


その手法は異質で、当時「地域振興」とか「ふるさと創生」などが騒がれ、
各地で大規模なイベントが開催されていました。だがそれらは広告代理店への
委託によってなされたものが多く、商業的で地域性に欠けるものばかりでした。
カンティフェアは業者の手を借りず、清里らしさを出す為、
あくまで手作りに拘ったのです。

そして、このイベントの一切を、実行委員会と300人のボランティアの
”素人集団”でやってのけたのです。






草原のピアノフェスティバル


イベントの中身も素人なりに”斬新”、なんと屋外でピアノ50台を用いて合奏をしようというもの
軽トラックにピアノを載せ、これまた50名の合唱団と共に牧草地で第九を演奏するのです。

これは当日の天気次第でコンサートの成否が問われるのは言うまでもありませんね。
不安要素はそれだけではありません、
この企画に賛同して全国から集まった奏者(当然ボランティア) が揃って練習できるのは本番の直前のみ、
しかもピアノは元来、合奏するものではありませんから、
はたして50台ものピアノがピタッと揃って演奏できるのかは全く未知なる物でした。


この他に類を見ない、無謀とも言うべき企画は当日快晴の空の下、
かの神津善行氏を指揮に迎え感動の中、無事幕を下ろしたのです。






日本イベント大賞受賞


昭和63年10月22,23日、2万5千人の観客を動員し
カンティフェアは見事な復活を果たしました。

そしてこの時、
『’89日本イベント大賞受賞グランプリ』を受賞したのです。

ポール博士の理想に、共感した地域住民とボランティアによる
手作りイベントはこうして日本一になり
名実共に、”FIRST CLASS”として全国的に認められた訳なのです。

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今では2日で5万人もの人が訪れる、八ヶ岳最大のイベントとして定着しました。
私自身、この記念すべき第一回の事は本を読んだだけの知識ですが、
ボランティアの方々による、手作りのイベントスタイルは今も変わりないと思います。
ボランティアには学生も多く見られます、中には小学生の姿も。
その当時、ボランティアとして加わった若い人たちも、今ではお祭りの
リーダー的存在となっていることでしょう。
そしてこの人たちによって、今度は次の若い世代へと博士のスピリットが
継承されているのだと感じました。

ここにはかつての博士の教えが着実に息づいている、カンティフェアはまさに
清里開拓のフロンティアスピリットが生んだ最上級の手作りイベントだと思います。






カンティフェアまであと8日























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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
こんちわ。
準備着々と進んでますか?
自分は今日より研修の為、早起きして準備中です。
明日は、研修終了次第、中央本線飛び乗り小海線最終で
清里入り予定です。
インフルエンザのかかったっていって研修サボるのも手ですが、
毎年この時期にカンティ絡みでばたばたしてるので
ずる休みはバレバレ・・・。
仕方ないのでいってきまあす。
(でも、こころここにあらず。なんでしょうね^^)
土曜日の天気いまいちみたいですけどなんとか雨は
回避できそうですね。。。
去年のDVDもたせますのでご鑑賞ください^^
では、現地にてお会いしましょう。
kaneta
2009/10/16 05:27
kanetaさんこんばんは、
いよいよ明日ですね!あっ、kanetaさんは明後日か?
現在準備の真っ最中でございます、またなんだか荷物が多い・・・。

ちょっと天気の方が心配ですが、とりあえずおおいに楽しんじゃいましょう!!
では、現地で
hs-51
2009/10/16 19:10
おはです。
もうでたかな?
東京は曇ってますよ。
5時前に起きて積み込みして
モ−リ−散歩させて
出発準備完了なのに

うちの連中まだ寝てます。
到着遅れそうですけど
よろしくおねがいしますね。
kaneta
2009/10/17 06:03

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